教授室の魔女

 私が大学生だった一九七〇年代は、期末試験の結果は壁に張り出されましたから、悪友から「お前落ちてたぞ」と、悲惨な未知情報をはなはだ僭越にしかも小気味よく伝えられたことがあります。成績が悪く、不幸にして留年が決まったからといっても、教員に相談をすることは滅多にありませんでした。だからと言って、この時代の教員が無情だったのでもなく、教育に無関心だったのでもなくて、留年はそれこそ学生の「勝手」だったのです。しかし、二〇二〇年代の今は状況が変わりました。個人情報保護の観点から、試験結果が公表されることはなくなりましたが、成績が思わしくない学生は担任に呼び出されて尻を叩かれ、彼らの保護者には成績不振の親展通知が送付されます。私立薬科系大学では、国家試験合格という使命のもと、教育モデル・コアカリキュラムに沿う講義内容と懇切丁寧な学生指導が実施されます。成績不良の学生には叱咤激励、成績優秀な学生には賛美称賛との実践指導が担任教員に課されます。次に紹介する話は、担任という業務に馴染んでいない教員とこれに気乗りしない学生の会話です。

〈人物一覧表〉
川村瀞太郎(じょうたろう)(五十八)――私立薬科系大学教授、男
小野柚子(二十一)――同大学学生、四年生、女

○教授室・中
   川村(五十八)、来客用のソファに座っている。
   ノックが聞こえる。
川村「どうぞ」
   小野(二十一)、入室、一礼してから、川村の向かいのソファに座る。
小野「学生掲示板の通知を見て、来ました」
川村「小野さん、あなたは期末試験が終わるたびにここに来ますね。これで三回連続ですよ」
小野「ほんとにそうですね。おかげさまで、私、先生とはすっかり仲良しになっちゃった。先生が担任で良かったわ」
川村「それはうれしいね。ところで、あなたの今回の期末試験の成績は学年中の二番でした」
小野「そうですか、やっぱり。一生懸命勉強したかいがあったわ。ずいぶん順位が上がったのね」
川村「とぼけるのじゃありません。下がったのです。下から二番です」
小野「先生。本当のことを言うと、引っ越しとかでいろいろと忙しくて勉強する時間があまりなかったからです」
川村「勉強に忙しくて、引っ越しする時間がないというのなら分かりますが、あなたの言い分は逆ですね。勉強する時間を作ろうとしないで、たまたま暇があるから、暇つぶしに勉強するのは本末転倒です。これではダメですよ。時間は自分で作るものです。勉強は学生の本分であり義務ですから、今日はあなたの試験結果について、すこし時間をかけて話をする必要がありますね」
   小野、壁際の棚にあるドリップ式のコーヒーメーカーをチラッと見る。
小野「ねえ、先生。そんなに時間が掛かるのだったら、あそこのコーヒーおよばれしてもいいかしら?」
川村「いいよ。いつもの事じゃない。ついでに、隣にあるバターサンドは卒業生のお土産だから、それもどうぞ。でも、私の分はいらないよ」
   小野、お礼を述べて、コーヒー一カップとバターサンド一つを取ってくる。
川村「この成績評価表にあるレーダーチャートによれば、小野さんは生物系の科目が苦手のようだね。臨床系もよくないし。国家試験には、臨床系と生物系が多く出題されるわけだから、これらの科目が苦手だと困るよ。成績が二番となると、国家試験に合格する可能性は高くないことはわかりますね。でも、あなたは四年生で、国家試験までにはまだ二年半あるから、これからちゃんと勉強すれば、国家試験には問題なく合格すると思いますよ」
   小野、コーヒーを飲みながらバターサンドをおいしそうに食べている。
川村「ちゃんと聞いている?」
小野「はい。ごちそうさまです」
   川村、苦笑する。
川村「ところで、あなたは数学物理系の成績は相対的に良いね。数理系は良いのに、臨床系と生物系は苦手というのはこの大学の学生にしては珍しい。数理系の勉強が好きなの?」
小野「数理系が好きなのではなくて、臨床系と生物系が嫌いなんです。特に、暗記が私苦手なのよ。先生も大変ね。できの悪い学生の担任だと、その学生を呼び出して指導しないといけないのだから、その分仕事が増えるでしょう」
川村「それでいいの。それが私の商売だよ。そんなことよりも、自分のことを心配しなさい。あなたが生物系と臨床系の成績が良くない原因は明らかです。専門用語を知らないからです。ひらたく言えば、勉強していないからです。分からない用語が出てきたら直ぐに調べる。いいね。こういう時代だから、教科書、辞書だけでなく、スマホで調べれば何でもわかるでしょう」
   小野、サイドテーブルに置いてあるスマホの充電器をチラッと見る。
小野「わかりました。今、分からないことがあったらスマホで調べてもいいですか? 先生」
   川村、うなずく。
小野、バッグからスマホを取りだす。
小野「先生の言葉を一言一句逃さないつもりだけど、困ったわ。スマホの充電量が少ないの。ねえ、先生。そこの充電器借りていい?」
   川村、こいつめ、ちゃっかりした奴だなと思いながら、冷静に言う。
川村「勉強に使うのだったら、いいよ。だけど、古い充電器だから性能は悪いよ」
   小野、にっこりして自分のスマホを充電器につなげる。
小野「暗記のことですけど、先生。たとえば、高校の歴史はただの暗記だと言う人もいるけど、そうでもないでしょう。二つのグループが戦って、勝ったグループが仲間割れしてまた戦うなんて、人間によくあるパターンですよね。だから、そういうパターンというか因果関係とかを踏まえて暗記すれば、全くの丸暗記じゃないはずです。保元の乱と平治の乱はこのパターンですね。だけど、国試関連の先生たちは、これは国試に出ますから、このまま覚えましょうと言うのよ。説明なんかぜんぜんなしです。反応速度論の微分方程式だって解けばいいのに、そうはしないで、積分した解だけを丸暗記しろだなんて。あの先生、学生は頭が悪いから理論的な説明はしても無駄だと思っているのかしら」
川村「その言い分は、分かる気がするけど。まず、あなたの勉強の話を進めましょう。この成績評価表をあげますから、これを見ながら話を……。おっと、あげる分をコピーしてなかった」
   川村、部屋の隅にあるコピー機の方を見て、立ち上がる。
小野「そんなことは私がしますから、先生は坐っていてください」
   川村、座りなおす。
川村「それはどうもありがとう」
   小野、成績評価表と自分のバッグを手に取って、コピー機へ歩き出す。
小野「講義資料が数枚あるの。ねえ、先生、ついでにコピーしてもいいですか? 学生はお金ないから、コピー代はつらいのよ」
川村「講義資料だったらいいよ。でも、変なものはコピーするなよ」
   小野、成績評価表をコピーした後、何かを十数枚ほどコピーし、ソファに戻る。
   川村、学生が多くコピーしたことを目撃する。
川村「ここは教授室だって知っているよね、小野さん。コーヒー飲んで、お菓子食べて、スマホの充電とコピー。あなたはここをコンビニだと勘違いしていない? あなたが『先生』というときはいいのだけど、『ねえ、先生』と呪文を唱えると、魔法がかかったようにかならず何かが起きるねえ」
小野「でも、バターサンドは先生が……。私はコンビニだなんて思っていませんよ。もしそうだとしたら、開店時間が遅いですよ。この前、一時限目の講義の前に先生の研究室に来たのに、先生はまだ来てなかったわ」
川村「裁量労働制って知っている? 教員はこれに従っているのだよ。出勤と退勤の時間は自分で決められるから、私は家で研究をしていて、大学に来る時間が遅いのだよ」
小野「先生の研究はコンピュータを使った理論計算ですよね」
川村「この前の研究室紹介のときに私が話したことを覚えているらしいね」
小野「概要くらいしか分かりませんけれど。周りの学生たちは理論もコンピュータも苦手だって言っていましたよ。プログラミングも課題でしょう」
川村「そうだね。多くの学生は難しいとか言って、私の研究室は人気が無いのだよ。でも研究の話は今度にしましょう。今日は、私の話ではなくて、あなたの勉強の話をする予定ですから」
   川村、学生の成績評価表を見て、考える。
川村「そうだなあ。小野さんのこれまでの……」
   小野、壁の棚に置いてある日本酒の四合瓶を見る。
小野「先生」
川村「なに?」
小野「棚にある瓶ですけど」
   川村、棚を見る。
川村「だめだよ。昼間から教授室で学生と酒のんだら、私はクビだよ」
小野「そうじゃないですよ。棚の瓶をみて思い出したことがあるんです。国試対策で薬事法を教えている先生いるでしょ。法律が専門だから硬そうなイメージがあるけど、実は怪しいのよ。私の友達のバイト先にわざわざ行って大吟醸を注文したんですって。その先生は大吟醸を三杯も飲んでから、なんだか名残惜しそうに帰ったんですって。これってヤバくないですか? その女(こ)は能天気だから、みんなにバラしてますよ。それ以来、この先生のあだ名は大純情です」
川村「あなたは教員の悪口になると一段と饒舌になるね。私の評判も悪いのかい」
小野「教授の悪口で盛り上がるのは私だけじゃなくって、みなそうですよ。先生、自分の評判は学生に聞いても無駄ですよ。試験で合否の境にいることを考えると、誰も教員に面と向かって悪いことは言わないわ」
川村「確かにね。ところで、話は全く変わると言うか、本題に戻るけど、小野さんは入学試験ではトップ、入学金、学費などすべて免除の特待生で入学したのに、三年生の前期から急に成績が落ち始めて、今ではブービー賞だよ。どうしたの? それこそ、何か訳があるのでしょう?」
小野「なんだか、勉強をやる気なくなっちゃって」
川村「どうして? ご両親は何も言わない?」
小野「やる気がなくなった理由は分かりません。自分の将来とか、自分自身のことが分からなくなったのは確かです。私の親は、何故だか、私の成績が悪くても気にしていません。それどころか、国家試験に合格しなくて構わないようなことまで言うんです」
川村「そうなの?」
小野「先生にだけ言うわ。他の先生にも学生にも絶対に言わないでくださいね。ほんとに約束ですよ。これは私じゃなくて親が言うんですから。父は、お前はこんな顔でこんなスタイルだから、玉の輿に乗れば一生安泰だって。そう言って、落語の妾馬(めかうま)の話をするんです。だけど、時代が違いますよ。見た目だけでは殿様の目には留まらないですよ。今の時代、見た目だけの女に寄ってくるのはバカな男でしょう。バカな女だったら、バカどうしで、それはそれでいいでしょうけど、私、バカでチャラチャラした男は大嫌い。だから、女はバカではダメ。私が妾馬の話を持ちだしたのは、これを言いたかったからなんです」
   川村、うんうんとうなずく。
川村「その通りだよ。子供に与える影響が大きいから、女はバカじゃいけない。もちろん、男もそうだけどね。それにだ、ちゃんとした社会人になってちゃんとした給料をもらって、しっかり自立して一人前にならないと、結婚したって、離婚もできないよ」
小野「確かにそうですね。離婚の話は、家の親からはぜったいにもらえない貴重なアドバイスだわ。先生、自分の子供にも同じこと言っているの?」
川村「当然だよ。私には娘が三人いるからね、みんなに言っているよ。息子はいないから言えないけど」
小野「家の親は頭が悪いわけじゃないのだけど、子供の事になるとまるでバカなのよ。だから、親ばかと言う言葉があるのね。父は、私が国家試験に落ちたら、一緒にレストランやろうと言うんです。父が料理人で、母がレジ、私がホール担当ですって。庭の片隅にスイスのシャレー風の店舗を建てて、その隣の木立の中に駐車場を作って、オシャレなレストランを三人でやろうって。これって、父の自分の夢なんです。私はそんなこと考えたこともないし。父は私の人生をどう思っているのかしら」
川村「親にはそういう処があるよ。あなたが心配だから、近くにいてほしいのだよ。だけど、薬科大学に入ったのだから、国家試験に合格して、薬剤師としての特技を生かして、たとえば、医食同源のメニューを考案すれば、ご両親には喜んでもらえるのじゃないかな。とりあえず、バカな男が寄ってこないように、離婚もできるようにと、勉強したらどう。まず、この辺の科目を重点的にどう?」
   川村、成績評価表をテーブルの上に置いて、幾つかの科目の蘭にポストイットを貼る。
   小野、そのポストイットを見る。
小野「これ、まじかわいいですね。今まで見たことがないわ。このポストイットどこで買ったのですか? 先生」
川村「これは去年ウィーンで開催された国際会議で参加者に配られた記念品だから、売り物ではないよ。このロゴは国際会議の名称の頭字語で、参加者には評判が良かったよ。だけど、これはあげない。だいたい、あげる理由がないでしょう。魔法をかけられたら話は別だけどね」
小野「魔法? あ~そうね。親がたまに言うわ『欲しがりません勝つまでは』って」
   川村、不審そうな顔をする。
川村「んっ」
小野「実はずっと気になっていたんですけど、先生、さっき『勉強は学生の義務』と言っていましたよね。でも、私は『勉強は学生の権利』だと思います。大学生は入学金と授業料を払って、これこれこういう条件を満たせば学士という免状を貰えますというふうに大学と契約していますよね。だから、学生は期末試験を受ける権利があります。受けなくても単位が取れないだけで、これは契約内のことだから、契約違反じゃないですね。勉強をする、しないは学生が自分で決めればよいので、これは学生の勝手でしょう。選挙権は義務ではなくて権利だから、投票に行かなくても罰せられないのと同じだと思います」
   川村、微笑んでいる。
小野「私の考えに賛成していだだけるようでうれしいわ。先生が変なこと言ったなんて学生意見箱に投書するほど、私は野暮じゃありません。ねえ、先生」
   川村、ポストイットを差し出しながら、言う。
川村「実はね。さっきは、勉強は義務とうっかり言ってしまったけれど、もちろん権利であると私も思っていますよ。そう言ってしまったのは、『情に棹させば流される』というところかな。権利と義務は勘違いしている人がいるので、その話を講義ですることもあります。私の講義を聞きたくない学生は後ろの席で寝ているか、スマホでゲームをするか、好きにしてよろしい、ただし、ゲームの音を出したり、話をしたり、いびきをかいて他の学生に迷惑をかけると学校法人に対する営業妨害で法律に抵触するから、これはしないように、とね。勉強を義務だと思っている学生は、大学側からすれば、扱いやすいよね。何も疑問に思わないで素直に勉強するし、そういう学生は成績が悪いからって呼び出して話をすると、神妙になるでしょう。だけど、小野さんはそうじゃないから、私が何を言っても、自分で勉強が必要だと思わない限り、勉強しないよね。それで良いのです。これは仕事だから、私はあなたを呼び出して勉強しろと言いましたけど、それは気にすることはありません。あなたは自分の思っている通りにすれば良いです」
小野「ありがとうございます。先生は優しいですね。先生みたいな教授ばかりだと良いのですけど。生物系のあのちょび髭で小柄の先生いるでしょう。酷いんですよ。あの先生、授業が始まって五分経つと教室のドアを内側からロックして、遅れてくる学生を入れないんです。三十分過ぎれば欠席扱いだけど、三十分以内ならば遅刻扱いでしょ。だから、学生は三十分以内に教室にはいれば、授業はうけられるはずですよね。三十分過ぎたって授業を受ける権利、さっき話した権利があるはずでしょう。それを反故にするなんて許せない。投書だけじゃなく、学長に言いつけてやりたいわ」
川村「分かったよ。お怒りはごもっともだ。だけど、あなたはその生物系の教員の名前を知らないのか?」
小野「投書したいと思っているくらいだから、もちろん知っていますよ。ただ、あの先生の専門は微小生物で、目と髭と眉毛の様子がミジンコみたいだから、専門は覚えやすいけど、名前には結びつきにくいんです。それに、ミジンコ先生の授業つまらないんですよ。教科書の棒読みだから。あれだったら、ヒューマノイドの方が上手じゃないかしら」
川村「そんなことを言ったらだめだよ。ところで、私の名前は思い出せるよね」
小野「当たり前ですよ。川村先生のところには何度もお邪魔しているじゃないですか」
川村「そうか。それはよかった。もし思い出せないと言ったら、今日あげたものを全部返してもらおうかと思っていたよ」
小野「残念だわ。今が平安時代だったら、悔返(くいかえ)しは禁止されているから、先生は私からは何にも取り返せなかったのに」
川村「親が娘に与えたものは取り返せないという中古の時代の法律で、女子だけにある不公平なやつでしょう。あなたは悔返しだけじゃなくて、さっき保元・平治の乱を持ちだしたけれど、平安時代に興味があるの?」
小野「すごくあります。それで、私、卒業研究は毒物分析学教室を希望しています」
川村「えっ。どういうこと?」
小野「私から言うのも変ですけれど、そこはジョロウグモの毒の研究をしている講座です。ジョロウグモと聞いただけで、女子は毛嫌いするのに、私は子供のころから虫が好きで、触るのも平気です。もちろん、蜘蛛は昆虫ではないですけど。それと、高校生の時、古文の勉強のためにと、父が堤中納言物語の『虫愛(め)づる姫君』を買ってくれたんです。この姫君は、蝶や花ではなく、毛虫が好きで、周りからは奇怪に思われても、そんなことはまったく気にしないで、自分の生き方を貫くんです。私は虫が好きで、この姫君のことも好きですから、毒物分析学教室を希望しています」
川村「なるほどね。小野さんが平安時代の姫君なのはよく分かりました。でもね、二十一世紀をしっかり生きていかないとねえ」
小野「先生、その気になれば、一生懸命勉強するから大丈夫です。卒業研究の研究室もきっと希望通り決まるでしょうし。川村先生にはご心配していただいて本当に有難うございます。女はバカではいけないから、いろいろ分かっているつもりです」
   小野、ほっとした表情を浮かべ、壁に貼ってある写真を何気なく見る。
小野「あの写真で先生の隣にいる人、先生のお子さんですか?」
川村「私の女房だよ」
小野「えっ、奥さん。ほんと? 嘘みたい。若いのね。私とそれほど変わらないじゃないですか。どうしてこんな若い人と結婚したの?」
川村「いろいろと複雑な事情があるのだよ。それに、写真の人が、もし、私の子供だったら、父親にあれほどべったりくっ付かないだろ。たいがいの娘は父親を避けるからね」
小野「私はお父さん好きだから、あれくらいはくっ付くわよ。先生、この写真の人にも、一人前でないと離婚もできないと言ったことあるんですか?」
川村「それは当然でしょ。自分の……」
小野「そうなの。ふーん」
   川村と小野、どちらも微笑んでいる。
川村「小野さんはやれば出来ることは分かっているから、私からのアドバイスはこれ以上なにもありません。これ以上と言っても、アドバイスは全くしていないような気がするけど。ともかく、今日の話はこれで終わりにしましょう」
小野「ほんとうに有難うございました。川村先生、次の講義まで時間があるし、スマホの充電もまだ終わっていないから、このソファにもう少し座っていてもいいですか?」
川村「いいけど。おとなしくしていてね。私は奥の机で仕事をするから」
小野「じゃあ、お昼寝くらいしてもいいかしら? 先生」
川村「なにをいうんだ。それはだめ。男子学生ならいいけど、あなたは女子学生だから絶対だめ。それに、こんなところで女子学生が昼寝していたら、みっともないでしょう」
小野「それってセクハラじゃないですか。ドア開けとけば問題ないし。だいたい、男子学生なら昼寝してもさまになるんですか? ねえ、先生」
川村「わかったよ。今度は何の魔法だい?」
小野「箒に乗って飛んで行く魔法です。でも、追再試が終わったら、また来ますね」
川村「えっ、何だって? 魔法で耳が遠くなったようだ」

令和二年三月十九日