娘をよろしく、Hoge殿

 hogeとは、コンピュータ用語で、とくに意味もない変数につける名前です。名前がないとプログラムが動かないので、とりあえずhogeと呼んでおきましょうということです。必要ではあっても、たいした意味もないつまらない役目しか与えられない変数がhogeなのです。私はプログラマですから、プログラムを書いて、それを世に出すのが仕事です。完成前は、私の言うことはなんでも聞いてくれる愛しいプログラムでも、ひとたび公開されると、どこの誰のところに行くのかは誰にもわかりません。それでも、自分が想定したユーザーのところに行ってほしい、hogeのようなつまらない奴らのところへは行かないでくれと願うのが親心です。プログラムは、一人前になって巣立っていく自分の子供と同じです。
 さきほど、私はバージンロードを娘と一緒に歩き、娘を新郎に引き渡しました。新婦を引き渡すことを英語でgive awayと言います。give awayの使い方は幾つかあって、たとえば、「ただでくれてやる」とか「秘密をばらす」があります。ただでやる、これは本意ではないこともあり、おおきな損失でもあるでしょう。そこで、この場合は、「to hoge」をgive awayに付けて、その相手を決して忘れないという意図を示します。何かあれば取り戻すぞということでしょうか。一方、秘密をばらす場合は、多くの人に秘密を暴露することもあるわけですから、ばらす行為またはその内容が重要であり、ばらした相手はそれほどではありません。つまり、相手は誰でもよいのです。この場合は、「to hoge」とは言わないで、give awayだけを使います。あとは手放しで、もう俺は知らんということでしょうか。「hoge」が誰であるのかが重大な関心事であった最初の例とは、大きな違いがあります。では、新婦を新郎に引き渡すときの表現はどうなのかと言うと、実は、二番目の例がよくあるのです。つまり、この表現は、花嫁の父親にとって、娘を引き渡すこと自体が重要であって、娘の結婚相手は誰でもよいことを暗示しています。このような感情はほとんどの父親に共通だったのかもしれません。今、新郎新婦、とくに「新郎に」私から言葉を送りたいと思います。 
 「Now、 I am giving away ……」
 プログラミングのテクニックに匿名関数という名前の無い関数があります。名前がないからといって、どうでもいい仕事をしているわけではありません。計算結果を他の関数や構文に直接渡すので、いくら良い仕事をしても、その名前を呼ぶ必要がないという地味な存在なのです。呼ばれないということは、彼と同じ関数は他にはない、彼は彼にしかできない仕事をしていて、代わりはいないということでもあるのです。そうならば、彼にせめて名前くらい付けてあげましょう。プログラミングの慣例に従えば、その名前はhogeとなります。
 では、あらためまして。娘をよろしくお願いします、Hoge殿。

林 譲 平成27年2月15日