簡単な説明

FUMI理論研究所長 林 譲

 分析機器の統計的信頼性を示すパラメータの一つは精度であり,測定値の標準偏差(SD)または相対標準偏差(RSD)として表されます。

 一般に,精度はくり返し測定から求めることができます。クロマトグラフィーの場合,n個のクロマトグラムからn個の測定値(面積)が得られれば,統計学の式を使って,測定値のSDを計算できます(図1)。しかし,少ないくり返し数(n=6など)から求めたSDは信頼性が低いため(約±60%のバラツキ),信頼性の高いSDを得るためには,多くのくり返し数が必要です(n=30で約±25%のバラツキ)。すると,時間,経費,サンプルの量(貴重なサンプルの場合),エネルギーなどの点で不利になります。

 この問題を解決するために,20世紀の後半には,くり返し測定ではない方法で精度を求めるための研究が盛んに行われました。機器分析では,サンプル濃度が低い時には,測定誤差はバックグラウンドノイズだけに起因すると仮定できますので,ノイズの性質(SDなど)から測定値のSDを計算する式を導出するという研究です。くり返し測定は,SDを求めるための唯一の手段ではありません。測定値のばらつきの原因を知れば,その原因から理論的にSDを求めることが可能であり,FUMI理論は,このような理論の一つです。


図1 n回のくり返し測定とFUMI理論

 この観点から図1を見直してみます。統計的にSDを推定する場合,1つのクロマトグラムから1つの測定値を得ます。しかし,クロマトグラムは多くのデータポイントから構成されていますので,ノイズの性質を示す情報も多く含まれているはずです。この情報を有効に活用できれば,1つのクロマトグラム(1回の測定)から測定値のSDが推定できても不思議ではありません。図1には,FUMI理論が1つのクロマトグラムから情報を抽出し精度を推定するプロセスが描かれています。確率空間はすべてのクロマトグラムの源となる集合です(母集団ともいいます)。確率空間はノイズの性質(平均,標準偏差,分布など)を規定していますので,この空間の性質が分かれば,精度を推定できることになります。

 ノイズの性質を知るためには数学的手法を使います。図2にあるHPLCのベースラインは,同一の測定装置で続けて観測したものです。ノイズはランダムに発生するものですから,2つのベースラインノイズの見かけは当然異なっていますが,これらをフーリエ変換して,横軸を時間から周波数に変換したパワースペクトルは,右下がりのほぼ同じ形をしています。

 パワースペクトルにおけるギザギザの線は,実際のHPLCのベースラインから得られたもので,滑らかな線はモデルパワースペクトルの最小2乗フィッティングです。前者はランダムノイズの変換ですから,そのギザギザの様子はパワースペクトルごとに異なります。しかし,後者のフィッティング曲線はほとんど同じ形をしていることが図2から分かります。すると,多くのクロマトグラムのノイズに共通した性質であるパワースペクトルの形から,多くのクロマトグラム間における測定値のばらつき(SD)が計算できると想像されます。


図2 クロマトグラムとパワースペクトル

  図3は,FUMI理論によるSD推定を示しています。観測されたノイズのパワースペクトル(ギザギザの線)にモデルノイズ(ホワイトノイズ+マルコフ過程)のパワースペクトル(滑らかな線)を非線形最小2乗フィッティングすると, ノイズに関する3つのパラメータの値が定まります。既に述べた確率空間の性質が,このパラメータです。

 クロマトグラフィーでは,鋭いピークの精度は,広いピークの精度より良いことから分かるように,測定精度はノイズの性質だけでなく,ピークの幅にも依存します。ノイズはクロマトグラムのデータポイントごとに存在しますから,シグナルの幅が広ければ,シグナル領域に存在するノイズの数は多くなり,その測定値のSDは大きくなります。そのため,FUMI理論は,シグナルの幅を,測定値のSDの計算に取り入れています(図3)。


図3 FUMI理論による測定値のSDの推定

 ノイズを表す3つのパラメータとシグナルの幅の関数として,測定値のSDを記述した式(図3)がFUMI理論のSD推定の式です。シグナルの幅はどのクロマトグラムでも一定であり,ノイズに関する3つのパラメータもどのクロマトグラムでもほぼ同じである(上述)ことから,FUMI理論から求めるSDは,どのクロマトグラムから求めてもほぼ同じであることが分かります。つまり,FUMI理論は,1つのクロマトグラムから,測定値のSDを計算できることになります。

 FUMI理論で求めた測定精度の信頼性は,多くの分析機器で証明されています。たとえば,分析機器としてはHPLC,GC/MS,CEなど,検出器としてはUV・VIS吸収,電気化学,放射線,屈折率など,分析方法としては内標準法,標準添加法,同位体希釈法があります。

 FUMI理論で用いられる詳細な数式や適用例は、FUMI理論によるHPLCの精度推定に記載しています。