私の個人的映画体験

 私にとっての「本当の映画」とは、子供時代に深夜テレビで見た名画劇場そして中学時代に学校から帰ってみた午後3時ころのテレビの名画劇場であったと思う。特に、小学校の5~6年生のころに見た、テレビの深夜劇場の映画が強烈に記憶に残っている。
 私の亡くなった両親が、無類の映画好きであった。親に連れられて映画館によく通ったものである。これは、私に子供向けの映画を見せるためというよりも、親が自分が観たい映画へ子供もついでに連れて行ったというのがほとんどであった。このおかげで、小学校の低学年の時期から大人向けの映画を見る機会を得た。当時、私は普通の子供より、少しませてる子供だったかもしれない。
 自宅においても、テレビで古い名作の映画をよく見た。週末の土曜日に両親と一緒の部屋で、寝床の中で、深夜テレビの名画劇場を見るのがそのころの我が家の習わしであった。この深夜のテレビ鑑賞で、母は途中で寝てしまうことが多かったが、父と私は、最後まで、熱心に見ていたものであった。当時見た映画は膨大な数に達するだろう。今の私は明らかにこれらに強く影響されている。その当時、私は小学校の5~6年生であった。
 記憶にある映画を列挙すると、未完成交響曲、わが青春のマリアンヌ、デヴイット・リーンの大いなる遺産、天井桟敷の人々、スミス都へ行く、我が家の楽園、オペラ・ハット、我が谷は緑なりき、小鹿物語、歴史は夜作られる、会議は踊る、赤い風船、夜ごとの美女、花咲ける騎士道、大いなる幻影、巴里祭、巴里の屋根の下、ル・ミリオン、自由を我らに、モロッコ、外人部隊、舞踏会の手帳、パルムの僧院、運命の饗宴、赤い風車、毒薬と老嬢、少年の町、ジェーンエア、断崖、失われた週末、キングコング、街の灯、駅馬車、オーケストラの少女、キューリー夫人、フィラデルフィア物語、カサブランカ、汚名、白い恐怖等その他、戦前のハリウッド映画、例えば、スクリューボール・コメディと呼ばれる一連の映画の中で、キャサリーン・ヘップバーンとケーリー・グラント共演の喜劇映画、特急二十世紀、素晴らしき休日、結婚五年目、新婚道中記、或る夜の出来事、我が家の楽園、フィラデルフィア物語、赤ちゃん教育、教授と美女、極楽特急、偽りの花園、月光の女、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャース共演のミュージカル等である。
 亡くなった父は情熱的な文学愛好家だった。晩酌しながら、若かりし頃、未完成交響曲、外人部隊、巴里祭等を見て大変感激したと、その当時の思い出を語ってくれたことは懐かしい思い出である。
 米国の昔の女優のベティ・デイヴィス(Bette Davis)の映画もこれらの中にある。今の日本で、この女優のことを知る人はもはやほとんどいないだろう。この時期にテレビで見た彼女の作品で「痴人の愛」「青春の抗議」「黒蘭の女」及び「愛の勝利」は大変、印象に残っている作品である。「愛の勝利」の最後の場面は今でも良く覚えている。何故、これらの作品が特に記憶に残っているのかまったく不思議であるが、子供心にも訴えるものがあったのだろう。それから、エルンスト・ルビッチ監督の「生きるべきか死ぬべきか」は喜劇の最高傑作だと思う。これらがきっかけで、ハリウッドの戦前の映画が好きになってしまった。これら大半が戦前の米国、欧州の作品であり、それが著名な監督による名作であることは、かなり後になって映画の解説書を読んで知った。イタリアの戦後のネオリアリズム(自転車泥棒、無防備都市、戦火のかなた、靴磨き、苦い米とそれとは別格の「道」)やフランスのヌーベルバーグの作品を見るようになったのは、中学生後半からである。コクトーのオルフェ、摩天楼、エリアカザンの草原の輝きやエデンの東もこのころに見た映画である。
 草原の輝きには強い思い入れがある。そのラストシーンは、主演のナタリー・ウッドが長い療養生活を終えた後に、淡い期待を抱いて、かつての恋人を尋ねていく場面である。しかし、彼が既に家庭を持っているのを知って、淡い期待は無残にも崩れ去ってしまう。それでもまったく微塵の取り乱した表情も出さず、にこやかに微笑んで彼に祝福の言葉を投げかけてその場を去るのであった。
 その時のナタリー・ウッドの凛とした態度とその美しさは誠にみごとであり、強く脳裡に刻まれている。彼女は過去との決別を決意し、自らの道を目指して明るい日差しの射す丘の方に歩んでいくのである。
青春の持つはかなさ、悲哀と残酷さが凝集されている胸打たれる場面である。
 「草原の輝き」が、ワーズ・ワースの詩の一節から引用されたものであることは後から知った。
これら沢山の作品を多感な時期に家のテレビで見られたことは、実に幸せなことだったと思う。私にとって、映画とは事実上、テレビでの映像であったのだ。大学でも大変、沢山の映画を友人と見たが、しかし既にそのころは、半分、批評家のような立場で見ていたように記憶している。本当に心から映画に感情移入して感動したことは稀であった。子供時代に見たTVの深夜劇場の映画は、私にとって決定的な幼年期の懐かしい思い出である。

平成28年9月14日 山本 毅